プロフィール

【ディープインパクト】
中央大学商学部商業・貿易学科3年生

趣味 鉄道 野球観戦
◆東京都
◆中央大学
◆大学生
◆経営学・経営情報学・商学・会計学

マイカウントダウン

カテゴリー

2010-8-29

西日本旅行記Ⅲ

旅行の3日目は、ただ倉敷から帰るだけの行程です。それだけでも、朝から夜までかかるのだから、普通電車の力は凄いww

それで、土曜日ということもあって岡山~相生間や米原~大垣間、豊橋~浜松間など、お決まりの混雑スポットではかなり混雑してました。姫路からの新快速くらいですね、空いていたのは(だって12両)

昼は、牛肉弁当、夜は金目鯛のあぶりずしと、弁当もおいしくいただきました。

2010-8-29

西日本旅行記Ⅱ

2日目は朝6時前に起きて、大阪発6時40分の快速福知山行きで福知山を目指しました。しかし、こんな朝早くからよくもまあこんなに込んだものだというほど大阪から既に混んでいて、席を取るのも一苦労しました。発車時には立ち客もたくさん。福知山まで行くので3両というのもありますが。発車直後に寝てしまいましたが(当たり前w)、起きたら新三田で、人はあまりいませんでした。その次の駅で相席だった女性も降りてしまいましたしw

そんなこんなで篠山口を出ると、大阪出発から1時間くらいしかたたないのに、全然人家がなくなり、森とトンネルと渓流だけでした。やはり特急のために電化されているんだなということを景色から感じ取ることが出来ました。こんなところに駅作っても人乗らないものww

それから福知山につくと人家がポツリポツリと出てきて、そして長いトンネルを抜けたら福知山駅に来ました。

福知山では1時間時間があったので電車の写真を撮ったり、コンビニで物資の補給をしたり、駅前に飾ってある蒸気機関車を見ました。福知山線がまだ非電化だったころに使われていたそうです(といっても電化したのは比較的最近らしいですが)

福知山からは湘南色の115に乗って、城崎温泉を目指しました。ここまできて湘南色というのは驚きを隠せませんw

風景は、まさに山でしたね、京都・兵庫の境では、本当に何もないです。駅近くにはかろうじで公民館があるくらいでした。ここでは1日目のオフ会で神風さんから前の日に頂いたやりとりのことを考えながら景色を楽しんでいました。

ちなみに、城崎温泉の手前の駅は「玄武洞」でした。もう数日早くここにきていればwwww

城崎温泉では、城崎のかにずしを買って、浜坂行きディーゼルカーに乗りました。ここからはいよいよ非電化です。景色も凄まじく田舎です。駅出て1分もしないうちにトンネルに入って出たら緑色のものしか見えなくなりました。途中の特急停車駅も通常人がイメージする特急の停車駅の感覚からすれば、非常にしょぼいですww

あと、見るはずの餘部鉄橋ですが、見事に昼寝をして見損ねてしまいましたww 残念ですが、しかたありません。

なんだかんだで浜坂駅に着くと、そこからはさらに想像を絶する風景が待ち受けていました。

駅を出たら、すぐに人家が見えなくなるのはいいのですが、駅についても人家がないというのは恐ろしいですね。しかも県境は長いトンネルが多く、道路とも隔離されてしまうので、体感的にかなり怖いですw おまけに、鳥取駅の隣の駅も駅前に人家がありません。県庁所在地の隣の駅まで文字通りの無人駅なんですよ。これは凄いですw

ちなみに車内で城崎のかにずしを食べました。かにめしとかにずし両方あって、かにめしは酢の味、かにずしはしょうゆの味でかにの味が引き立っていてよかったと思います。

鳥取からはこの旅行のメインである快速とっとりライナーで米子を目指しました。
風景は、郊外的な感じで、駅と駅の間にも畑が入り混じって人家がありました。ただ、駅前になると人家がやたら増えるのは健在ですw 倉吉から先は結構飛ばしたので気持ちがよかったです。気持ち良すぎてここでもウトウトしてましたし。

さて、米子からは4時間かけて倉敷まで伯備線で南下しました。
しかしここも生山から南の県境になると、駅前でも人家がなくなりますね。特に、秘境駅として名高い布原駅は周りに人家がないだけでなく、ホームも1両分と立札しかなく、何のために立っているかよくわからない感満載でした。

新見では、30分のラグの間に写真を撮ったりしてました。
そこからは車両が変わり、岡山行の電車に乗り、倉敷を目指しました。ここでは疲れ果ててほぼ全区間眠ってしまいましたww

倉敷についたら、宿まで歩いたのですが、途中自分のいるところがわからなくなり、迷子になりました。それでもなんとか宿につき、後で話を聞いたら、ずいぶん違う場所を歩いていたそうです。

2010-8-29

西日本旅行記Ⅰ

1日目は、大阪まで行きました。今、新大阪のYHにいます。
1日目は4時30分おきで、5時半過ぎの電車に乗って八王子に行きました。そこからは、横浜線相模線を乗り継いで茅ヶ崎に行きました。よくもまあこんな時間からお客さんがたくさんいるなあ、お疲れ様です、というような込み具合でしたwww

そこからお尻の痛さとの戦いでしたw
茅ヶ崎から豊橋までロングシート、2列座席が主流の浜松からも、運悪くロングシートの車両にあたってしまいました。豊橋からは新快速で大垣に行きました。その中であじの押し寿司と、桜海老とじゃこの海鮮丼を食べました。桜海老とじゃこは噛み応えのある食感、味の押し寿司は、あじの酸味がよく効いていて、おいしかったです。

大垣から先、京都まで東海道線を乗り継ぎ、そのあと京都から地下鉄を経由して阪急電車に乗りました。

阪急に乗ってびっくりしたのは、女性専用車の位置と時間帯です。関東は前か後ろの1両で、ラッシュ時のみなのに、阪急は真ん中に位置し、昼間でも終日女性専用車があるのです。しかも、一番後ろの車両は携帯電話の使用がまるごと禁止だったので、ビックリでした。

景色はよかったです。阪急は高槻市から先はほとんど高架だったので、眺めがよく、ビルなどの建物を中心に大阪の町並みをみていました。

その後、インターネットで知り合った人とオフ会をし、新大阪YHに行きました。

2010-8-12

孔明の罠

この前、サークルの男友達と2人で食事をしました。

場所は近くの回らない寿司屋でした。そこでは私も友達も2200円の上寿司を頼みました。そこでは来るまで時間があったのもあって、いろいろな話 をしました。まず、アスペルガーの話をしました。自分の障害のこと、むしろ自分はアスペルガーの中でも教科書に載らないような例外的存在なことなどを話、 そういう人間も含めて、アスペが生きるにはどのような教育行政であるべきか、政治や社会はどう変わるべきを話していました。その後、近況の話になって公務 員の勉強のことで法律の話になりました。相手は公法という授業をとっていたので、その話題から、私が注釈を加えたり、詳しく説明したりしました。外国人の 政治活動の自由、違憲審査立法権、司法権の限界、学説上の対立の話が出たので、それを細かく説明していきました。

次に近況の話として、今やっているブラ三の話をしました。戦略性が高いゲームであり、それだけでなくコミュニケーションをとることで人生勉強も出来るゲームだと説明し、それから三国志の話を説明していました。

そして店から出たら、別のサークルの女友達がいました。私は結構びっくりしました。さっき店で三国志の話をしていたで、思わず、「待て、これは孔明の罠だ」と言ってしまいました。男友達は爆笑してましたけど、女友達は、なんのことだかわからなかったようです。

その後、違う店で二次会をやった時にネトゲの話をしながら、孔明の罠の件の説明や、三国志の故事の話をして盛り上がりました。その中でそういえ ば、女友達とは、今日だけでなく、2週間前に、私が前いた特別支援学校の夏祭りでも、不意に現れたという話をして、それもあって今日のこともあるから、君 (女友達)は存在自体孔明の罠だね という話をして盛り上がりました。

後半は高校野球の話からプロ野球の話をしていました。

いろいろと密度の濃い話においしい料理に満足でした。

2010-6-24

公務員チャレンジテスト

を昨日受けてきました。

正規の授業は、広告論が休講で、商業史、労務管理論の2コマだけでした。これについては説明する余力がないので、省略します。

で、公務員チャレンジテストを受けましたが、結論からいうと、まずまずでした。このテストは教養科目しか出ないので、憲法、民法、そして経済学を 得点源にしようとして力を入れている私にとっては、少し残念でした。しかしながら、数的処理の中で既に授業を受けた判断推理と図形に関しては思ったより正 解が多かったです(自己採点なので本当に正解なのかはわかりませんが) とはいっても率としては半分くらいなんですが、やはり授業を受け、復習しただけで もだいぶ違うのかなと思い、自信がわいて来たら、実はこれにはカラクリがあって、今回受けたテストは、国家Ⅲ種、地方初級=高校レベルの基礎的な問題でし た。つまり本試験で受けるものはこれよりもワンランク手ごわいということでした。だから問題集より簡単だと感じたのか、と思ったら先の自信が少し失せまし た。逆に夏休みに専門科目と一緒に数的を頑張らねばと思いました。一般知識については、数的と専門を優先しているので、ほぼ完全に勉強しておらず、手持ち の知識のみでの解答でしたが、政治経済と歴史、英語あたりは高校レベルということもあって結構解けました。

そんなこんなで自己採点すると、50点満点中28点。試験後の20分程度の講評によれば、半分取れていれば、今の時点においてはまずまず順調では ないかということだったので、数的を中心にこれまで以上に危機意識を持ちながら、専門科目もありますが、やっていきたいと思います。

2010-6-20

3年ぶりの勝利

今日は西武ファンの祖父と西武vsソフトバンク戦を観に西武ドームに行きました。

というのも、母親の職場の同僚が懸賞で野球のチケットを2枚当てたが、急用で行けなくなったので、自分の母にくれたようです。(その人は自分が野球ファンであることを知っていたので)

そこで、自分と、西武ファンの祖父と2人で野球を観に行ったという顛末です。

試合については、西武の先発が許銘傑、ソフトバンクの先発が杉内という陣容です。許は立ち上がりから1番川崎にヒットを打たれるなど、3回に降板するまで、不安定な立ち上がりでした。一方の杉内も、本調子とはとても思えないようなピッチングで、1回は栗山とブラウンを四球で出したのみでしたが、両者とも早くも2回から打たれだし、点の取り合いになりました。

先に流れをひきよせたのはソフトバンク、この回先頭のペタジーニが出ると、オーティズもそれに続き、長谷川を三振に追い込んだのはいいとしても、ベテラン柴原、続く山崎の連打を浴び、2点を先制しました。その後ランナーが3塁まで進みますが、ここは許が踏ん張って、2点どまりになりました。

面白いのは、その直後、西武も2点をとったことです。先に行っておきますが、今回西武が取った6点は全部下位打線の活躍かその延長で取れたものであり、ソフトバンクも4点すべてについて下位打線が絡んでいました。主軸はもちろん、下位打線が頑張らないと試合には勝てないということを強く感じました。クリーンナップだけ強くても肝心なときに役に立ちませんね。

話を戻すと、ノーアウトからいきなり平尾が左中間超えの3塁打を放ち、佐藤が凡退して、阿部のレフトオーバーの2塁打で平尾がホームイン、その後2アウトから栗山がセンター返し、あっという間に追いついて、これから反撃ムードが漂います。自分自身も、相手が杉内で、先に2点取られたら追いつくのは結構難しいかと思っていました。

しかし3回にはペタジーニとオーティズが再び出塁して、長谷川の犠牲フライとまたもや柴原のタイムリーで、4対2と勝ち越されてしまいました。さすがにこれ以上杉内が崩れることはその時は考えませんでした。西武はソフトバンクの3点目から許を降ろして武隈にバトンタッチしました。昨年まで2軍でプレーしてて、今年も目立った実績を上げていない選手だったので、監督の方も杉内をこれ以上打ち負かすのは難しいとも思って、中継ぎとしてあまり実績がない武隈を出したのかともとれるように思います。

ところが4回、またもや下位打線の活躍で西武が逆転しました。この回先頭のブラウンが四球で出て、1死後、平尾がヒットで出塁、またアウトを一つ取られるが、続く阿部が粘り強く踏ん張り、最後は四球を選んで、2アウト満塁から、細川。おとといと昨日も満塁弾を打っているので願望はしていましたが、そうマンガのようにうまくいくわけないと思ってました。それでもヒットが出れば同点に追いつけるので、と思ったら、マンガみたいにホームランを打ってしまいました。2回もチャンスでヒットを打ち、3塁にランナーを進めたり、やはり両チームともベテランはチャンスに強いですね。

この逆転でスタンドは歓喜に沸きました。まるで勝ちが確定したかのような大盛り上がりでした。

それにこたえるかのように、武隈は5回終了まで主に四球でランナーを出してピンチを作りながら要所要所で三振やゲッツーで締めて、勝利投手の権利を得ました。

その後は両者とも優秀な中継ぎ投手を出してきたので、試合が動くことはありませんでした。西武は武隈から小野寺→藤田→長田→シコースキーという小刻みな継投、また、ソフトバンクも逆転を諦めてはおらず、甲藤→ファルケンボーグ→摂津という中継ぎエース陣を出して、これ以上失点せずに流れをつかもうという意図が出たように思いました。

しかし試合はそのまま6対4で西武の勝利。勝利投手は武隈、これがなんとプロ初勝利とのことです。先発投手の代役で半ば敗戦処理的に出た先発中継ぎ投手が、その後打線の爆発で逆転してプロ初勝利を得るとは、結構皮肉めいているかと思いますw

また、自分自身も確か3年ぶりに野球場で野球を見たときに応援したチームが勝利したような気がします^^ 去年は1回しかいっておらず、負けてしまって、一昨年は行った記憶が全くないんです。その前は開幕直後の年に行って延長の末に勝った記憶があるので、3年ぶりですね。久しぶりに球場に来て、雰囲気も満足、結果も満足、残った疲れも充実感ゆえのものですから、大満足の一日でした。

2010-5-12

就職ガイダンス

今日は、広告論と商業史と労務管理論があって、その後就職ガイダンスがありました。

広告論では、マーケティングと広告ということで、4Psやマーケティングの3つの手法など1年生でやるようなマーケティングの授業の復習みたいな 内容でした。特に新しく学習することは少なかったので、流して聞いていました。

その後は早めに昼飯を食べて、2限の時間をゼミのグループ研究に使いました。といってもグループ研究の中で、労働時間や休暇制度に関して民間、外 資、公務員と3つ研究する部門があり、自分は独り公務員部門の担当なので、一人で図書館で国家公務員制度の本を読んで、必要なところをノートにまとめてい ました。公務員の労働時間については国家公務員法ではなく勤務時間法という別の法律で規定されていたことが驚きでした。

3限は商業史でした。
古代から中世へ転換する際、何が起こったのか、あるいは古代社会が崩壊したのはどんな理由かということをやりました。労働力が奴隷であるというの が原因で、奴隷は消耗品扱いで結婚することが許されなかったので、限り奴隷がどんどん死んで、足りなくなった分を他から買い入れて来るということが行われ ました。これは戦争で勝ち続けていれば奴隷はどんどん補充されますが、戦争が止んで奴隷の総量が頭打ちになると、これ以上奴隷は増えないので次第に奴隷が いなくなってしまい、奴隷を使って儲けていた多数の中小生産者が没落してたり、気候変動によるゲルマン人の侵入があったりしてつぶれてしまったということ をやりました。また、別説では、イスラム勢力がローマ帝国を分断したので、東方からシルクロードなどを伝わって流れてくる物資の供給がストップし、商業が 停止したことが原因だということもピレンヌという人が唱えているということもやりました。

4限は労務管理論でした。
今日は戦後の労務管理をやりました。
労務管理の土台となる部分として、あらゆるところで民主化が行われ、労働三法の整備、労働組合の誕生、さらには学歴で厳格に分かれていた採用制度 を撤廃し、正社員になれば学歴関係なく同じ資格を与えるということが起こったことをまずやりました。次に労働組合が強くなりすぎて、経営者の経営権を脅か すようになったので、経営者が反撃に出て、電産や全自といった大規模な職業別組合が解体に追い込まれ、企業別組合として生き残ったということをやり、それ と前後して基本給と定期昇給制度が確立したことをやりました。

その後は就職ガイダンスでした。
キャリアセンターの人の話やゲストスピーカーの話がありましたが、企業就職を主体に話が進んでいったので、公務員志望の自分からすれば独立行政法 人並みに無駄が多いというのが率直な感想でした。就職志望(公務員含む)は必ず参加してくださいと案内に書かれた割には、誇大表現だと思っていましたが、 冊子の中にキャリアセンターの登録票があって、これを出さないとキャリアセンターでの就職のあっせんや相談が受けられないというミソがあり、「必ず参加し てください」の意味がようやくわかりましたが、これではただの抱き合わせで、参加の選択の自由を奪っていると思いました。これに参加する時間と気力を使っ て公務員講座のテキストをやる方が、自分にとっては重要だと思いましたからね。

大学に関してはよく憲法で大学の自治とか部分社会の法理とかいうけど、独禁法の世界で違法とされ、相手の選択権を奪うという道徳的にももとる抱き 合わせを平気でやるのであれば、国家が介入してこれを止めさせることも必要になってくるのではないかと思います。

2010-5-6

ツインターボ

今日は統計学と公務員講座(憲法)でした。

タイトルとどう関係してくるかは後半で。

1限は統計学でした。昨日はネットゲームで会議があったので、ついつい夜更かしをしてしまいました。その影響か、授業もノートをとるので一杯に なってしまい、先生の話はあまり覚えていませんでした。内容的には統計上のデータの変化率とそれをもとにした寄与度計算をしました。この際、単純に平均す るのではなく、指標の大小に合わせて加重平均することをやりました。この統計のトリックに面白さを感じる余力もなく、全然集中力が続きませんでした。

一旦家に帰って、リフレッシュしたらまた学校に行って公務員講座を受けました。
やったことは前半は憲法の分類(形式的vs実質的  固有の意味vs近代憲法 不文vs成文 硬性vs軟性 など)をやり、中盤はイギリス流法の 支配(自然法)とドイツ流法治主義(議会制定法)をやり、終盤は法人、外国人の基本的人権を権利性質説を中心にやりました。権利性質説というのは、法人、 外国人にも性質上可能な限り憲法を適用するという学説で、八幡製鉄所事件(法人の政治活動の自由)、南九州税理士会事件(法人の人権と個人の人権の衝突)、マクリーン事件(外国人の政治活動の自由)、森川キャサリーン事件(外国人の一時旅行の自由→認められず)と判例を見ながら理屈を理解しました。3 時間以上授業がありましたが、ここでは1限と違ってあっという間に時間が過ぎて、集中力も切れずに板書だけでなく先生の話もノートに書き込んでいって、全容を漏らさず把握することが出来たと思いました(あとは復習!)

つまり、1限では飛ばしていこうと思ったのに集中力が続かず、勝負所でもうアラアラになっていたのに対し、公務員講座では、最初から気持ちよくスイスイと授業を受けられ、集中力も切らさずに比較的余裕がある内容だったので、これはまるで気持ちよく逃げた時は無類の強さを発揮し、そうでないと勝負どこ ろで既にお役御免になっているツインターボみたいだなと思ったので、今日は題名にこれを持ってきたというわけです。

2010-4-26

流通政策論など

今日は流通政策論と独占禁止法でした。

流通政策論では、80年代の経済摩擦が流通政策にどう影響したかをやりました。

80年代、日本は大幅な対外貿易黒字を含む貿易不均衡の状態で経常収支が推移し、経済面における存在感を出していました。そこで国際競争力の強化 を名目に、政府が企業を支援していこうという政策をとりましたが、ここでは競争ではなく、企業同士の協調により製品の企画を統合したりすることを支援する 政策で、ベータとVHSの競争による規格の決定はむしろ例外的でした。
そのような日本の経済大国化とアメリカの双子の赤字問題でにより日本の製品の輸入超過で困っていたアメリカは、その原因を日本の経済構造に求め、 日米構造問題会議を開催して、半ば日本にアメリカの主張を押し付けるような形で会議が進み、決議が出ました。これは経済力では日本は発言権はあるけど、政 治力では発言権がないということを如実に表していると思います。おもな内容として、流通政策の改善、独禁法の強化、日本の商慣行の改善を通じ、アメリカ企 業が日本市場に参入しやすくするというものでした。その影響で、流通取引ガイドラインが策定され、産業保護政策の目玉であった大規模小売店舗法が廃止に追 い込まれるなど、流通政策は大きく転換していきました。日本の平等感が結果の平等にあるので対し、アメリカの平等感は機会の平等であるということが両者の とってきた政策、主張からわかりました。

2限の独占禁止法では、私的独占の禁止の概要をやりました。

私的独占の禁止というのは単に経済学上の独占を指しているだけではなく、寡占も指している、それは市場での競争機能が機能しなくなること自体が問 題であるので、独占はもちろん、それに限りなく近い寡占も、独占禁止法の規制対象になるということをまずやりました。そして私的独占の禁止は、他の事業者 の自由を奪うという反社会性を持つので規制対象になるということを次にやりました。
また、行為要件として、排除と支配の2要件をやりました。排除というのは、不当な制約を加えて事業活動を行えなくすることであり、例えば70年代 に公取委に処分された東洋製罐の例では、新規参入しようとする会社に食缶の供給を停止するというのが不当な制約にあたることをやりました。
支配というのは、拘束、強制して自己の意思に従わせることであり、たとえば先の東洋製罐の例でいえばライバル会社などの株を取得して、役員、従業 員をその会社の幹部として派遣して派遣元の会社と競争させないような行動を強制するようなことは支配にあたるということをやりました。
また、実質的要件として、公共の利益に反して、競争を実質的に制限することとありますが、それは市場支配力を形成し、競争を阻害するような力を発 揮するということであることをやりました。
最後に、措置に関しては、行政手段、刑事罰、民事手段があるが、行政手段に関しては規制強化が行われ、新たに課徴金制度が導入されたことをやりま した。

昼で授業が終わったので、その後は家に帰って公務員の勉強をしてました。

2010-4-17

長い長い一日

今日は公務員講座を入れると3限空きであとは9時から20時まで授業でした。

1限は商業経営論でした。
商業経営とは何かということをやりました。普通の経営学が生産を対象にするのに対し、商業経営は貿易や流通の発展の経緯を研究する学問ということをやりました。特に百貨店やチェーンストアなどの業態別に細かく見て行くという説明がありました。

2限はサービスマーケティングでした。
ここの先生とは1年生の時から自分と非常に親しい先生で、授業前後にいろいろと話をした他、授業中もよくあてられて、あるいは、全体に問いかけたことに対し自分が答えていたりしました。話の中身としてはガイダンス的なもので、マーケティングを少しやってから観光のマーケティングをやるという話、他学部履修の生徒も多いからテストは持ち込み可にする、あとは観光のマーケティングの歴史をやりました。

4限はゼミでした。
今期初のゼミで、まずは合宿の費用を精算した後、研究テーマの発表をやりましたが、最初なのでみな獏然すぎて話にならないということなので、もう一回今度は雇用や女性問題などいくつかの柱に分けてより具体的にテーマを提案してくれということになりました。次に、ゼミ長、副ゼミ長を決めました。内心ゼミ長に立候補しようかと思いましたが、対抗馬がいて選挙で確実に負けそうだったのと、表に立って面倒くさいことをやるよりは、影に隠れて実質的な支配権を握る方がいいと思ったので、あえて副ゼミ長に立候補しました。あとは乗る電車の予定を組めるということで合宿係とかもよかったかなと思いましたが、それ以外のことも押しつけられそうなのでやめました。あとは新しい労働社会の本を誰がどこを発表するかをやりました。自分はかねてから3章をやりたいと思っていたので、3章をやることにしました。

正規の授業が終わって、あとはみんなでゼミ長、副ゼミ長以外の役割と、サブゼミの日程をやりました。自分はゼミ長を差しおいて司会をして仕切っていました。が、サブゼミの日程で少し紛糾して(とにかく時間が合わない)なんとか決まったものの、少し疲れました^^

その後は公務員講座をやりました。
今日は判断推理ということでベン図とキャロル図を中心にやりました。これから問題演習で復習して、出てきた公式や解法を一つ一つ忘れないようしっかり覚えて行きたいです。

2010-4-12

授業開始

今日から、本格的に授業が始まりました。

1限は流通政策論でした。
今日はガイダンス的なものが前半で、そこは聞き流していたのであまり覚えていません。後半は流通政策論の体系をやりました。どうやってカテゴリ分けしていくかをやりました。最も主流なのは、政策方法による分類で、競争政策(原則)、規制政策(経済的規制と社会的規制)、市場中立的政策の3つがあり、とくに経済的規制と社会的規制はそもそもの趣旨が全く違うのでその政策がどちらに当たるのかを考えることは非常に重要だというように説明されました。

2限は独占禁止法でした。
これは1限と先生、教室が同じなので、前半はガイダンス的なもので、後半は独占禁止法がどうやって生まれてきたかという歴史を中心にやりました。そこでは近代市民社会の弊害として、独占化が進み、他人が得られるはずの富を独占により独占者が手に入れるのは自由な競争に裏付けされた資本主義に反するということで独禁法が生まれてきたことをやりました。

今日は午前中で終わったので、帰って履修登録をしました。

2010-4-3

四国旅行4日目

4日目は、新大阪YHを7時に出発(6時起床)しました。

予定より1本早い新快速近江塩津行きに乗りました。物凄く混んでいました。乗客は大きいリュックをしょった人から軽装の人、スーツを着た人などバラエティに富む服装をしていました。草津までずっと立っていました。草津で座れたのですが、足を延ばすことも出来なくて、窮屈でした。

米原で降りて、豊橋行き特別快速に乗りましたが、これも6両にギュウギュウだったので1本見送って、30分後のやつで行きました。これも自分が座ってから人が多く入ってきて、特に自分の席の周りには小中学生の団体が入ってきて、立っている人も座っている人も窮屈そうでした。

名古屋では中央本線に乗り換えて、中津川行き快速に乗りました。ここでやっとボックスを独り占めしたので、多治見までは足をのばしながら眠っていて、そこから中津川までもずっとボーッとしていました。

中津川からは松本行きに乗りました。ここでは50代くらいの登山客の女性3人と合席になり、登山の話、景色の話、自分の鉄道旅行の話をしていたら、いつのまにか2時間が過ぎていました。

松本からは高尾行き普通に乗りました。電線になにかが引っ掛かったということで上諏訪から遅れ出しました。合席になった18きっぷ使用の旅行者とビューやまなし乗れるかなと心配していました。

小淵沢では無事にビューやまなしに乗れましたが、かなり遅れていて、停止信号で止まることが何回もありました。相模湖まで空いていたのが唯一の救いで、足をのばしながら、景色を見たり、メールをしたり、寝ていたりくつろいでいました。風林火山という弁当も食べました。甲州、信州の特産品はどれも美味しかったです。

予定を変えて高尾から京王線で家に帰ることにしました。

2010-4-3

四国旅行3日目

3日目は高知のYHを6時半ごろ出発して、まずは高知へ行きました。

高知から土佐山田行きに乗って土佐山田を目指しました。この電車、普通列車と種別上はなっていますが、薊野や布師田など、通過駅がいくつかあるのが特徴です。そこから新改通過の阿波池田行きに乗りました。山岳地帯まんまです。トンネルと山の間に駅があり、駅の周りも何もありません。特急が止まる大杉や大歩危ですら駅の周りには数件の家と商店しかありません。大歩危(おおぼけ)での長時間停車の間に写真を撮りました。面白い駅名なので友達にメールで送ったり、大歩危渓谷の清流と桜を撮ったりしていました。もちろん電車の写真も。大歩危から阿波池田もトンネルと山との風景は変わらず、途中道路すらなくなってしまう光景はいつみてもいいと思いました。

阿波池田から徳島線普通列車徳島行きに乗りました。この路線はそんなにローカル色は強くありませんが、田が広がる中に遠くに家が見えるほどほどのローカルさも乙なものだと思いました。鴨島での長時間停車で写真を撮ったり、過ぎ行く景色に面白さを感じたり、ローカル線らしくまったりしていました。

徳島では阿波地鶏弁当を食べました。量も質も満足モノで、地鶏の味付けが実においしかったです。煮物もよくしみていていいと思いました。

徳島からは高徳線の高松行きに乗りました。しかし最初の1時間くらいは寝てました。そのあとも徳島線と似たような雰囲気を楽しんでいましたが、特急の通過待ちや行き違いが非常に多く、しかもそのせいで電車が遅れてしまい、ものすごく鬱陶しかったです。走っては止まり、また走っては止まりと、なかなか高松に着きません。ついたときはもうやっとついたと思いました。

高松からはマリンライナーと山陽線、東海道線で新大阪に行き、YHに行きました。

YHではPCを見つけて、ネットサーフィンした後に、外国人の方としゃべっていましたが、単語が出てこなくて大変でした。日本語もうまい受付の外人さんの力を借りてなんとか会話をつないでいきました。

2010-4-3

四国旅行2日目

2日目は北条のYHを6時前に起床し、朝飯を食べました、煮物、漬物中心の「おふくろの味」でしたが、味がしみていてすごく良かったです。ペアレントさんも気さくな方で本当に泊まってよかったと思いました。

宿を出ると、伊予北条駅から松山駅まで予讃線に乗り、路面電車で一駅行った後伊予鉄道に乗りました。最初は松山市(市駅)から郡中線にのりました。単線の割には家も本数もそれなりに多く、折り返しの上り電車は結構混みました。郡中港と港がつくだけに海景色かよかったです。市駅に戻り、高浜線に乗りました。これも梅津寺あたりの海景色が素晴らしかったです。高浜駅の駅舎も昔をしのばせる形でよかったです。高浜からは横河原行きに乗って横河原に行きました。横河原から再び市駅に戻った後、松山駅に立ち戻り、しょうゆ飯を駅弁として買った後、伊予長浜経由宇和島行きに乗りました。のったらすぐしょうゆ飯を食べました。炊き込みご飯なんだけど、しょうゆの風味が実に活きていていいと思いました。

長浜のあたりでは、今までで絶好の海景色が車窓に広がりました。途中にはJRのポスターの撮影地になった駅もありました。伊予大洲で内子経由の線路と合流した後は、海が見えるはずの方も山でした。

宇和島からは、予土線に乗りました。北宇和島をでて予讃線の線路と分かれた瞬間から家と道路がなくなりました。務田駅までの10分間は本当に何も無かったです。駅の周りはどの駅も少し開いていました。江川崎での長時間停車を利用して桜と電車、駅舎やホームの写真を撮っていました。友達にメールを送り終わったころにちょうど出発しました。愛媛・高知県境は特にこれでもかと山が迫ってきて、駅の近くになっても家が数件ある程度でした。

窪川では、駅近くのラーメン屋に行って、辛子にんにくラーメンを食べましたが、辛くて水をたくさん飲んだので、この後のトイレなしの車両の中ではかなり厳しかったです(行き違いなどの時間を利用して停まっている駅のトイレを利用するしかありません)

その後、高知行きに乗って、円行寺口に行って、YHにいきました。

2010-4-3

四国旅行1日目

まず、4時30分におきて、5時20分頃家を出ました。その時点で眠気がすごかったです。普段こんな時間に起きることはありませんからね。最寄り駅の電車に乗って横浜線→相模線で茅ヶ崎に行って、そこから東海道を西へ西へと行ったのですが、度重なる眠り攻撃についに体か陥落してしまい、静岡手前でぐっすりと眠ってしまいました。静岡では2分の乗換えで浜松行きに接続しているのですが、みんなが降りた後車内清掃の清掃員に起こされる始末で、寝ぼけて反対方向の電車に乗ってしまいました。接続の悪さのおかげで、次の浜松行きに乗っても坂出まで完全鈍行(快速など含む)ではいけなくなりまして焦りましたが、時刻表を見たら浜松から新幹線で豊橋まで1区間行けば乗るはずの電車に間に合うことがわかったので乗りました。授業料が1500円ほどかかりましたが、安いほうです。これも前に書いたサークルの後輩の女子に書いてもらった守り紙のおかげです(こだま号は30分に1本なので、下手したら何区間も乗るハメになっていただろう)


その後、米原までのんびりと旅を楽しんだ後、米原から姫路まで、帰省帰りの女子大生と相席になり、それこそ新快速のように停まることなく話していました。ここで浜松で買ったウナギ飯を食べながら、お互いのこと、大学のこと、電車のこと、景色のこと、話題は絶えませんでした。姫路で別れる間際に一緒に写真をとりました。

姫路からは山陽線で岡山に行き、岡山から4分の接続でマリンライナーに乗りました。最初は混んでいて座れませんでしたが、妹尾、茶屋町と人が降りてくるので、後半は座れました。

坂出からは時間の関係で特急いしづち27号にのり、伊予北条に行きました。座り心地はいいですけど、暖房が暑すぎて少し気持ち悪くなりました。おなかもすいてきましたし。

宿では、9時過ぎにもかかわらず、ペアレントさんが料理を作ってくれました。漬物が美味しくて、おばあちゃんの味を思い出しました。さらに肉料理も2品出てきてとても美味しかったです。YHの食事を見直しました! 気がついたらごはんを2合半も食べていたそうです。自分でもそれを聞いてびっくりしました。

ご飯の後は風呂入ってすぐ寝ました。

2010-3-31

行ってきます

今から四国旅行に行ってきます!

予定も最終決定したので載せます。

起床:4:30
自宅出発:5:20

1日目
自宅→八王子→茅ヶ崎(中央線、横浜線、相模線)
茅ヶ崎→岡山(東海道、山陽本線)
岡山→坂出(本四備讃線・マリンライナー)
坂出→伊予北条(予讃線・いしづち27号)

2日目
伊予北条→松山(予讃線)
松山→郡中港→松山→高浜→横河原→松山(伊予鉄道)
松山→伊予長浜→宇和島(予讃線)
宇和島→江川崎→窪川(予土線など)
窪川→円行寺口(土讃線)

3日目
円行寺口→高知→阿波池田(土讃線)
阿波池田→徳島(徳島線)
徳島→高松(高徳線)
高松→岡山(本四備讃線・マリンライナー)
岡山→新大阪(山陽、東海道本線)

4日目
新大阪→名古屋(東海道本線)
名古屋→松本(中央西線など)
松本→小淵沢(中央東線など)
小淵沢→八王子(中央東線・ホリデー快速ビューやまなし)
八王子→自宅

このような予定で鉄道旅行をしてきます。

昨日、サークルの集まりがあり、そのときにとある女子から手渡された「鉄道旅行楽しんできてね」という文字とサークルの名前になっている動物の絵が書かれた紙をお守りにして、いざ行ってきます

2010-3-27

ゼミ合宿2日目

2日目は6時に起きました。てか浅い眠りで全然疲れが取れませんでした。7時30分ごろまでまた寝て、それからビュッフェに行きました。ビュッフェでは梅干しと野沢菜とご飯、味噌汁を中心にその他のおかずを食べました。梅干しが最高で、梅の味、梅肉の食感双方とも最高でした。10個ぐらい食べた気がします。部屋に帰ったら物凄い睡魔に襲われ10時過ぎまで寝てしまいました。

10時30分からは2つ目の課題をやりました。新聞の切り抜きに書かれた事柄に対してどう対処するか、あるいはそれについて感じたこと、疑問に思ったことをやりました。不眠スキルの影響で精彩を欠いて、自分の話していることがメチャクチャになっているのに気付いていながらどうしようも出来ませんでした。体調管理は重要ですね。

それから、長い昼休憩でした。当初、工場見学の時間を長めにとり、16時10分発のホリデー快速ビューやまなしで帰る予定でしたが、1日目にそれを発表した途端特に女子からブーイングの嵐が巻き起こり、タッチの差で乗れない15時13分発高尾行き普通列車で帰ろうという意見が多数でした。そこでその昼休憩を利用し、先生と相談し、時間を変えることにしてタクシー会社に電話を入れました。その後は先生と一緒に昼ご飯を食べながら今期の学生の話、例年との比較、その他雑談などをしました。それでも時間が余ったので、女子に時刻表を使いながら今後の予定の説明をして、それからなぜか自分の大学に入るまでの話になってそれを話していました。

その後、バスとタクシーを使ってシャトレーゼ白州工場の工場見学に行きました。見学エリアが非常に狭く、試食用のアイスを食べるだけの見学になってしまったので、全体として不評だったようです。

その後、15時13分発高尾行き普通列車で帰路につき、途中甲府で夜家で食べる駅弁、うまい甲斐を買いました。

家に帰ってからうまい甲斐を食べましたが、肉の味が染みてて、ふつうの鳥そぼろとは一味も二味も違うと思いました。

2010-3-27

ゼミ合宿1日目

昨日、今日と小淵沢の八ヶ岳ロイヤルホテルでゼミ合宿を行いました。

最初、自分はまず甲府行き普通電車に乗って、甲府に行きました。甲府で昼の駅弁風林火山を買って食べました。信州の山の幸、川魚がいろいろな料理に姿を変えたこの弁当は自分のお気に入りで甲府を通った時はよく買って食べるのですが、かなり美味しかったです。その後の高尾発小淵沢行きの普通電車は20分ほど遅れていました。中央快速線で人身事故があり、そこから直通してくる特急のダイヤが乱れたので煽りを受けて遅れてしまいました。20分遅れの小淵沢行きで小淵沢につくと、先生や一部の学生(特急で来た人たち)が待っていました。程なくバスに乗り込みホテルを目指しました。ホテルまでは約20分、場所的には小海線の甲斐大泉駅の近くということです。

ホテルにつくと、息つく暇もなく最初の課題でゼミをやりました。地下一階の小会議室みたいなところを使ってやりました。最初の課題は『新しい労働社会』という先に出された課題図書の疑問点、問題点のリストを渡され、解決できる点を出し合っていくものでした。自分がペースメーカーになる形で、どんどん解答を出していきましたが、自分の知識にもあやふやな点が多々あることに気がつきました。そこは先生のフォローの中で固めて行きながら+αの補足説明も聞きました。その後すぐ食事でした。食事は中華料理主体でした。中華料理は好きなので、美味しくいただけたと思います。

その後、懇親会の買い出しに行きました。ちょっとハイテンションになって、女子学生と恋愛トークをしているうちにゼミの中で自分が気になっている人の話をしてかなり盛り上がりました。ちなみに、次の日にはゼミ生全員に伝わっていたようです。

戻ったらしばし休憩し、2回目のゼミでした。前回やり残したことの続きで、自分はペースダウンしながら、先生の補足説明を聞いたり、わからないところは質問したりしていました。

その後、懇親会をやりました。懇親会では、先生や学生と進路や就職にかかわる真面目な話から雑談までいろいろなトピックの話をしました。自分もテンションが高くなって何を話したのかはあまり覚えていないんです。23時30分を過ぎたころ、流石に体力の限界を感じて、早めに部屋に戻って風呂に入って寝ました。

2010-3-16

政治 第4回

今日は公務員講座の政治の4回目でした。

社会権では生存権、教育を受ける権利、勤労の権利をやりました。
生存権は条文の存在意義は個々の国民に具体的権利を付与したわけではなく、国の責務を宣言したものにすぎないというプログラム規定であることをやり、教育を受ける権利の中の義務教育の無償化では授業料が無償で、教科書代などは必ずしも無償である必要はないことをやり、勤労の権利では、団結権、団体交渉権、団体行動権(争議権)の3つの権利と、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法の労働三法があることをやりました。

能動的権利では、地方特別法の成立に住民投票が必要なこと、最高裁の裁判官の国民審査、憲法改正の国民投票、地方自治における住民の直接請求権があることをやりました。

その後、憲法改正の手続きをさらっとやって、国会の機構と運営をやりました。国会は国権の最高機関(政治的美称説)であり、唯一の立法機関(国会中心立法の原則、国会単独立法の原則)であることをやり、その後国会の種類として通常国会、臨時国会、特別国会があり、国会ではないが緊急集会という参議院の集会もあることをやりました。その後、国会は条約締結の承認権、憲法改正の発議権、弾劾裁判権、予算の議決権があることやり、そのうえで予算の先議権などの衆院の優越権をやりました。その後、議員の権能として自律権と国政調査権をやり、不逮捕特権などの議員の特権をやりました。

2010-3-12

経済 第2回

今日は公務員講座の経済の2回目の講義でした。


まず、経済成長と景気循環をやりました。
経済成長では、名目経済成長率はある年のGDP-前年のGDPを前年のGDPで割ったもの×100で%をつけて表し、実質経済成長率はそれから物価上昇率を差し引いたものであることをやりました。そして経済成長の条件として生産性の上昇と市場の拡大があることをやり、景気循環をやりました。順番に、コンドラチェフ循環は周期が約60年ごとで、技術革新によって起こり、クズニッツ循環は周期が約20年ごとで、建設投資により起こること、ジュグラー循環は約10年ごとに設備投資によって起こること、キチン循環は周期が約3~4年で在庫調整によって起こることをやりました。


インフレーションとデフレーションを次にやりました。
インフレでは、モノの価値が上がる。つまり相対的にお金の価値が下がるので、価値を上げるために希少性を持たせるべく、通貨供給量を減らす金融政策と、インフレの時は需要>供給なので、需要の中で政府が直接関与できる政府支出を減らす財政政策があり、デフレはその逆の政策をとることをやりました。

その後は金融の仕組み、信用創造を軽くやって、日銀の3大金融政策をやりました。

まず、公定歩合操作では、景気過熱時には公定歩合を引き上げて、市中銀行がカネを借りにくくして通貨供給量を減らし、景気後退時には公定歩合を引き下げて、カネを借りやすくして通貨供給量を増やすことをやりました。

次に、公開市場操作では、景気過熱時には銀行に有価証券を発行する代わりに代金をもらいうけ、通貨供給量を減らす売りオペと景気後退時には有価証券を買い受けて通貨を供給する買いオペがあることをやりました。

第3に、預金準備率操作では、景気過熱時には預金準備率を引き上げて銀行の使えるカネを減らし、景気後退時には預金準備率を引き下げて銀行の使えるカネを増やすことをやりました。

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